資料公開コーナー 第74回 「第一次南極観測船「宗谷」の出港 ~人びとの期待をのせて~」
第74回 「第一次南極観測船「宗谷」の出港 ~人びとの期待をのせて~」
会期:令和元年9月25日(水)~12月27日(金)
会場:昭和館1階ロビー 資料公開コーナー
昭和34年(1959)、南極の平和的利用と科学的調査における国際協力の促進を目的とした南極条約が採択されてから、今年で60周年を迎えます。日本を含む12か国(日本・アメリカ合衆国・イギリス・フランス・旧ソ連・アルゼンチン・オーストラリア・ベルギー・チリ・ニュージーランド・ノルウェー・南アフリカ)により採択され、36年に発効しました。
それに先立って、昭和30年11月に日本は南極観測に参加することを閣議決定し、灯台補給船として活躍していた「宗谷」を改造して南極観測船とすることとしました。「宗谷」は昭和13年に耐氷型貨物船として建造され、太平洋戦争では、特務艦として戦地へ赴きましたが、運良く戦火をくぐりぬけ、戦後は、GHQの管理下で引揚船としての役割を果たしました。その後、海上保安庁の灯台補給船に転用された船でした。
昭和31年11月8日、東京・晴海埠頭より第一次南極観測隊を乗せた「宗谷」は、南極へ向けて出発しました。終戦から10年が過ぎた日本にとって南極観測参加は、国際社会復帰の大事業でもありました。翌年1月29日にオングル島へ上陸して「昭和基地」(日本の観測基地)と命名、南極に日の丸の旗が掲げられたニュースに、国中が歓喜しました。
今回は、人びとの大きな期待を背負い初の南極観測へ旅立った「宗谷」の出港時の写真を中心にご紹介します。埠頭につめかけた数千人の大群衆が「宗谷」を見送る様子をご覧ください。

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ご来館、お待ちしております。
会期:令和元年9月25日(水)~12月27日(金)
会場:昭和館1階ロビー 資料公開コーナー
昭和34年(1959)、南極の平和的利用と科学的調査における国際協力の促進を目的とした南極条約が採択されてから、今年で60周年を迎えます。日本を含む12か国(日本・アメリカ合衆国・イギリス・フランス・旧ソ連・アルゼンチン・オーストラリア・ベルギー・チリ・ニュージーランド・ノルウェー・南アフリカ)により採択され、36年に発効しました。
それに先立って、昭和30年11月に日本は南極観測に参加することを閣議決定し、灯台補給船として活躍していた「宗谷」を改造して南極観測船とすることとしました。「宗谷」は昭和13年に耐氷型貨物船として建造され、太平洋戦争では、特務艦として戦地へ赴きましたが、運良く戦火をくぐりぬけ、戦後は、GHQの管理下で引揚船としての役割を果たしました。その後、海上保安庁の灯台補給船に転用された船でした。
昭和31年11月8日、東京・晴海埠頭より第一次南極観測隊を乗せた「宗谷」は、南極へ向けて出発しました。終戦から10年が過ぎた日本にとって南極観測参加は、国際社会復帰の大事業でもありました。翌年1月29日にオングル島へ上陸して「昭和基地」(日本の観測基地)と命名、南極に日の丸の旗が掲げられたニュースに、国中が歓喜しました。
今回は、人びとの大きな期待を背負い初の南極観測へ旅立った「宗谷」の出港時の写真を中心にご紹介します。埠頭につめかけた数千人の大群衆が「宗谷」を見送る様子をご覧ください。


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